「温泉は作家たちのコミュニティスポットだった!」文学ゆかりの宿 草彅洋平さん【あの人の“旅”の話】

幅広いジャンルに関心があり、相当な読書量を誇る編集者の草彅洋平さん。愛読してきた日本近代文学作品と、大好きな温泉をつなげて、作家ゆかりの温泉を数多く訪ね、2011年に『作家と温泉』を編集・執筆されました。そんな草彅さんに、日本近代文学館に併設されている、ご本人経営のカフェ〈BUNDAN COFFEE & BEER〉で、文豪が滞在したおすすめの温泉についてお話を聞きました。

置き場所に困るほど所有していた本の数々。

——— こちらの〈BUNDAN COFFEE & BEER〉には相当な数の蔵書がありますね。どのように集められたのですか?

すべて僕が所有している本なんです。多すぎて置き場所に困っていた蔵書をどっさりこのカフェに持ってきました。このスペースはもともと、〈日本近代文学館〉に併設されている食堂だったんですが、来る人が少なくなって、閉じてしまった。その後しばらく空いたままになっていたこのスペースを借りることになりました。

——— 文学好きには最高の場所ですね。

ここでお店をもてたのは運が良かったですね。文学の神のお導きかもしれません(笑)。最近は、意外にも海外からくるお客様が多いんです。日本人が海外に行った時に観光名所になっている海外作家の跡地を訪ねることがあると思うんですけれど、そういう感覚で川端康成とか三島由紀夫といった日本文学が好きな人たちが、体験する場として来てくれているのかなと思います。

文豪の入浴写真を集めていたことが本を作るきっかけになった。

——— 『作家と温泉』という著書を出されています。もともと日本文学がお好きなんですか?

ジャンル問わず幅広い分野の本を読みますが、日本の近代文学が好きでした。本を読んでいると、どういうわけか文豪の裸の写真が世に残っていることが多く、そんな写真を面白いな、と思って集めていて。たまたま『作家と猫』など、「作家×○○」というテーマで本をつくる手伝いをしたときに、「作家×温泉」をやってみたら面白いんじゃないかと思って書き始めました。

——— 本の中にも入浴中の作家の写真がたくさん出てきていますね。

太宰治なんて当時本人がフィルムの処分を求めたほど、ギリギリのところまで見えている写真が残っています。ほかにも、田中小実昌が女性2人とりんご風呂に入っている写真がありますが、これは雑誌『太陽』が1976年に出した「日本温泉旅行」という特集号の時のもの。田中小実昌とつげ義春が温泉に行き、温泉町で芸者を買ったり、口説いたりするという、ちょっと今の時代では考えられない雑誌企画が当時はあったんですよね。

田舎の温泉宿で出会う文豪の足跡。

——— 草彅さん自身、温泉にはよく行かれるのですか?

以前は本当によく行きました。田舎のひなびた温泉旅館では、文豪の誰々が来た、ということ記念に残しているところが多くあって。不思議なくらい、どこに行っても与謝野晶子と与謝野鉄幹夫婦が泊まったという記録が残っています。いったい彼らはどれだけ多くの温泉を巡ったんだ……と考えたりね。温泉宿を訪ねるたびに文学と絡んだことを考えていくようになって、自分の中に文豪と温泉の関係についての情報がストックされていきました。中でも有名なのは、志賀直哉が逗留していた城崎温泉の〈三木屋〉ですね。

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——— 城崎温泉は近年も人気の温泉地ですね。

特に最近の盛り上がりは面白いです。志賀直哉が滞在して、その体験をベースに『城の崎にて』を執筆したことで有名ですが、〈城崎文芸館〉をリニューアルしたり、湊かなえさんや万城目学さんが滞在して小説を書いたりしていますね。タオル型の本にして城崎だけで販売するなど、現地に足を運ぶ仕組みを作って盛り上げているのは素晴らしいです。

——— 今でも作家の面影を感じる温泉宿は全国にたくさんあるのですか?

正直なところ、作家が泊まったことをアピールしている宿でも、改装して面影がなくなってしまっているところもたくさんあるんです。そんな中、ぜひおすすめしたいのが、島崎藤村が無名だった頃に好んで滞在していたという長野県の〈ますや旅館〉。当時の雰囲気を残した希少な宿ですね。ひなびた古い宿なんですけれど、それがとってもかっこいい。島崎藤村が使った茶だんすや机をそのまま保存した「藤村の間」という部屋で宿泊もできます。卓球台が並んだ渋いスペースもあって、温泉地の卓球ブームを起こした『卓球温泉』という映画のロケ地にもなっています。長野県の青木村という奥まったところにあるロケーションも含めて、現実を忘れられるような本当にいい宿です。

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ひなびた温泉宿が好き。

——— こぎれいに改装されていない宿に心惹かれるようですね。

そうですね。やっぱり昭和の世界観を残した、ひなびた雰囲気のある温泉宿が好きです。特に、つげ義春が訪れたところにはそういう宿が多くていいんですよ。今では減ってしまいましたが、混浴の世界観もとても好き。青森県などには今でもいくつか古い旅館に残っています。

——— 東北には良い温泉地がたくさんありますね。

少しマニアックですが、岩手県にある鉛温泉の〈藤三旅館〉という、田宮虎彦ゆかりの宿がおすすめです。彼は自殺の名所に向かう自殺志願者をお遍路さんが止める、『足摺岬』という小説で芥川賞を受賞した自殺文学の巨匠みたいな人。この〈藤三旅館〉は彼の『銀心中』という悲恋を描いた小説の舞台になっているんです。1841年に創業した古い宿で、実際にものすごく秘境感が漂っていました。深さが1.25mもある混浴の深いお風呂があって、立って入るんですよ。泉質もとても良いですね。

——— 立って入る温泉なんて珍しいですね。

さらに昔ながらの湯治場が残っているのがとても良いんです。今ほど医療が発達していなかった頃は、病を治したい人が療養のために温泉に長期滞在するということがよくあったんですよね。そういう人たち向けの温泉宿を湯治場と呼ぶのですが、その佇まいがより昭和の雰囲気を出していますね。

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西の有馬温泉、東の草津温泉。

——— 他にもオススメの温泉地があれば教えてください。

やっぱり、温泉界の東西横綱といわれる、東の草津温泉、西の有馬温泉は外せないですね。草津温泉には宿を問わず多くの文壇の人たちが訪ねたようで、町の真ん中の湯畑の近くに、田山花袋や小林秀雄など作家の石碑がいくつも置いてあります。有馬温泉は〈陶泉 御所坊〉という宿に、谷崎潤一郎がお忍びで通っていたことで知られています。1191年に創業したとされる由緒ある高級旅館ですが、実際宿泊してみても本当によいところですね。谷崎潤一郎の他にも、関西系の文壇にいた人たちはだいたいみんな有馬温泉を訪ねていたみたいです。

——— 温泉地としても雰囲気がありそうですね。

現代の有馬温泉で興味深いのが、街中で目にする案内板のフォントが統一されていること。有馬温泉独自のフォントを用意して、温泉地らしい風情を演出していてとてもいいんですよ。街全体でデザインをきちんと考えている、今もイケている温泉地のひとつです。

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温泉地は大事なコミュニティスポットだった。

——— 川端康成など、伊豆にも多くの作家が行っていたイメージがあります。

そうですね。伊豆の温泉は、アルカリ性の透明な無味無臭の単純泉なので、草津ほど温泉らしさはないのですが、東京から2時間程度で行ける距離感もあって昔から多くの人が通っていますね。本の中でも紹介しているのですが、伊豆半島の真ん中にある湯ヶ島温泉の〈湯本館〉には川端康成が宿泊していました。ただ実は川端康成だけではなく、いろんな人が集まっていたんです。

——— どんな作家が集まっていたんですか?

梶井基次郎は、川端康成に会うために〈湯本館〉にやってきました。当時は電話や電報も頻繁に使うものでなかったから、例えばお金を借りるなど、人を頼るときには会いに行くしかなかったんですよね。「あの旅館に作家の誰々がいる」という情報を人づてに聞いて、その人を頼って1箇所に若手作家が集まるという不思議な文化があったみたいです。そういう意味で、川端康成が滞在した〈湯本館〉は作家たちのコミュニティスポットのような場所だったんですね。宇野千代と梶井基次郎がそこで恋仲になるなど、恋愛が生まれることもあったみたいです。

旅行者の投稿写真

病を治す場所としての温泉地。

——— そもそもなぜ、作家は温泉に出向くのでしょうか。

当時結核が流行っていたということも背景のひとつ。梶井基次郎も、結核の療養をするために温泉に滞在していたことがありました。今のように病院に行ったり薬を飲んだりすることで治る病気が少なかったから、みんな温泉療養に救いを求めていたんですね。

——— 多くの人が温泉を頼りにしていたんですね。

治癒にまつわる伝説が残る温泉はたくさんあります。よくあるのは動物が傷を癒すエピソード。田中小実昌が訪ねたという大分県の〈寒の地獄旅館〉も1匹の猿が浸かって傷を癒していたことから、人々が利用するようになったという温泉です。那須高原の〈鹿の湯〉も、猟師に打たれた鹿が傷を癒していたことで発見されたという場所ですね。他には、武田信玄が刀傷を癒すために長野県周辺の温泉地をたくさん支配していたという話もあります。井伏鱒二が通っていた山梨県の下部温泉にある〈古湯坊 源泉館〉もそのひとつ。川中島の合戦の後に武田信玄が傷を癒したという言い伝えが残る宿です。

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わらじで歩いて温泉に向かう文豪たち。

——— 多くの文豪が温泉に足を運んでいますが、当時は行くだけでも大変だったのでは?

今では電車や車で行けるようなところでも、当時はみんなわらじで山を越えて抜けて行くようなところばかりです。そういう点では、田山花袋はすごい。彼は弟子の女の子に告白してフラれた後に、その人の布団の匂いを嗅ぐという、ちょっと変態的な小説『蒲団』を書いた人ですけど、大の温泉好きでした。『温泉めぐり』という本も書いていて、国外も含めて相当な数の温泉に行っています。読んでみると、温泉を渡り歩くために1日60kmくらい走破している。とても誠実に温泉に向き合っていたんだな、と思いますね。文壇でも変態扱いされて、温泉へ逃げていたのかもしれないですが(笑)。

——— すごい。もはやトレッキングですね。

僕が温泉にハマっていた時期は、登山にハマっていた時期でもあるんですよ。温泉を目的にして旅をすると、登山しないと行けないような秘境の温泉もでてくる。汗だくになって山登りをして、登頂してドーパミンが出て、下山して温泉に入ってまたふわっとドーパミンが出る、それがワンセットで気持ちいんですよね。

——— ドーパミンが出るのがいいと。

そういう意味で、最近はもっぱらサウナにハマっています。登山や遠出をする過程を経なくても、一瞬でドーパミンが出る環境に身を置けるから。それにサウナのローカル感も好きです。フィンランド式のサウナは円座になっていて、入っている人たちが輪になっておしゃべりしているんですよね。

——— 地元の人がコミュニケーションをとる場所なんですか?

ただ旧来の日本のサウナはちょっと違いますよね。みんなテレビがついている正面を向いて、相撲中継なんかを見ている。僕が、もともと温泉をいいなと感じたのは、ローカル感が漂っていることなんです。例えば那須温泉〈鹿の湯〉には40度から48度まで2度ごとに湯温が違う湯船が6種類あって、好きな温度を選んで入浴します(女湯には48度がない)。46度なんて普通入れないんですよ。若者が試しに入ろうとしても、「アチッ!」となって全然入れない。その横で、地元の達人みたいなおじさんが、飄々と48度の湯船に入っていたりする。そんな光景があるひなびた温泉宿がやっぱり僕は好きですね。

草彅洋平さんの旅リスト
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草彅洋平(くさなぎ ようへい)
@TP_kusanagi
1976年東京生まれ。東京ピストル代表取締役。2006年に東京ピストルを設立。書籍やWeb媒体の編集だけでなく、場づくりやブランディングなど幅広く企画を手掛ける次世代編集者として活躍する。駒場公園のブックカフェ〈BUNDAN COFFEE & BEER〉や京王線井の頭線高架下のイベントパーク〈下北沢ケージ〉の運営・プロデュースなどを行なっている。
東京ピストル:http://tokyopistol.com/

撮影/岡崎健志  取材・文/福田香波(euphoria FACTORY)

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