青春時代から刺激を受けた美術館 片桐 仁さん【あの人の“旅”の話】

今気になるあの人に、こだわりの旅とおすすめの「旅リスト」を聞くインタビューシリーズ。

テレビや舞台で、お笑い芸人や役者としてマルチに活躍されている片桐さん。彫刻家として個展を開催するなど、アーティストとしての一面もお持ちです。仕事やプライベートで美術館に足を運ぶことも多い片桐さんが、好きな美術館のひとつという〈岡本太郎記念館〉にて、おすすめの美術館やご本人のアートへの向き合い方について、お話を伺いました。

美術部に入りたかったのに!

——— 小さい頃からアートがお好きだったんですか?

そうですね。小さい頃から絵が好きで、小学生の頃は図工の時間だけが心の救いでした。図工ってだいたい水曜日、木曜日じゃないですか? だから1週間のうちのその日が楽しみで。中学になったときも美術部に入りたかったんですけど、女子しかいなくて。当時は男は運動部しか選べない雰囲気だったんですよね。

——— それで、なに部に入られたんですか?

軟式テニス部です(笑)。もう嫌でいやで。高校からは男子校だったので、満を持して美術部に入りました。嬉しかったですねぇ。高校美術展というイベントがある以外は、ただもう絵を描くだけなんですけど、先輩や同級生もいい人ばかりで。特に絵を教えてもらったりとかもなかったんですけど、長瀞に渓流の絵を描きに行ったりとか、太海という館山の先にある海に写生旅行に行ったりとか。副部長だったんですけど、予算折衝したり……青春ですね。本当に楽しかったなぁ。

——— 当時から美術館もよく行かれたんですか?

美術館の原体験は、小学6年生のときに行った上野の〈国立西洋美術館〉です。ゴッホ展を見に行って「うわぁすごいな」と思って。ゴッホの作品そのものよりも、こんなにたくさんの人がギュウギュウになって油絵を見ているってことにびっくりして。クラスでは絵の上手な「仁ちゃん」であっても、その絵をみんなが競い合って見るなんてないじゃないですか。だけどゴッホだったら、数時間の行列ができてもみんな見に行くんですよね。

その後の美術の授業で「最近感動した絵を書きなさい」という課題が出て、そのときのことを描いたくらいです。ゴッホの絵じゃないんです、ゴッホの絵はほぼ見えなくて人がウワーッている絵(笑)。いつかこんな風になりたいなと憧れたんですね。

投稿者:JAEMIN S

——— 絵よりも美術館の風景に驚いたんですね。

そうなんです。あと、高校の美術部の時に上野に日展を見に行った時もショックでした。日展ってコンテストなんで、全国から応募された中の入選作品が展示されているので、これは参考になると思って、美術部の友達と行ったんです。そしたら300点くらい入選作が展示されてるんですよ。もう順番に見るだけで頭痛くなっちゃって、やっと全部見終わったと思ったら、それ日本画だけだったんですよ。さらに同じくらいの油絵と彫刻があるってことで。いったい日本には何万人のアーティストがいるんだ……と、これは先が思いやられるぞ、といやになっちゃったのを覚えています。

——— 美術部の部活以外で絵の勉強はされたんですか?

近所に芸大の先生がやってる油絵教室があって、そこに通ってました。でもそこでも特に絵の書き方とかは教えてくれなかったんですよ。それで、美大を受けるのに高校から絵の予備校に行ったら、今度はめっちゃ教えられるんです。こんなにダメ出しされるかっていうくらい。この絵は、これこれこういうところがダメなんだと。で、なんとか美大にはいったら「それ全部なし!」って。予備校でうまい絵を教えてもらったから、そういうことを描くのかと思ったら、「あれは字です」って。もうなんなんだって!

いい絵とは何か?

——— 美大では版画科に入られたんですね。

版画がやりたかったわけではなくて、油絵科を受けたけど全部落ちて、たまたま版画科だけに受かったんです。画力的には絶対浪人だと言われていたんで。版画科は僕らの年に創設された35人の学部で、併願が可能だったんで他の学科落ちた落ちこぼれが集まってたんです。

——— 版画をやってみたらどうでしたか?

僕の雑なところが出ちゃうんですよね。版画は、技術がないとどうにもならないんですよ。原画描いて、版を作って、版を刷ってやっと完成なんで。出来上がった作品が、頭のなかで思い描いていたものとはぜんぜん違うんです。「あれー?」って。みんなもそうで「版画ってなんだ?」って。みんなでずーっと悩んで、結局違うことばっかりやってましたね。お笑いやったりとか(笑)。まあ、でもそこでの出会いがなければ今の自分もないわけですから。

——— 美大での学生生活はどうでしたか。

みんな絵が上手いんですよ。たとえば授業中にノートの端に落書きをしているだけでも、それが異常に上手い。いったいそれはどうやったら描けるの?? みたいな感じです。そんな仲間たちを目の当たりにしながら、なんのために絵を描くのかとか、どういう技術を使えば個性的になるんだろうとか、そんなことばかり考えすぎて、描くのが嫌になっちゃってました。

ただ“いい絵”って誰も何かわかっていないんですよね。自分で見つけるしかないんです。こっちはそれを教えて欲しくて美大に行ったのにね。教授の言うことと、当時講師で時々来ていた池田満寿夫さんの言うことが全く違ってたりするんですよ。池田さんは「こういうのは見たことあるからやんないほうがいいよ」とか「これはいいか悪いかわかんなけど見たことはない」とか言うんですよ。こっちは「見たことあるようないい絵の描き方」を習うんだと思ってたら、全然違うんですよ。

———明確な基準があるわけではないんですね。

卒業した今もわからないですけどね。有名なキュレーター、小山登美夫さんも「何がいいかはわかんない」って言うんですよね。ただの好みでしかないと。僕が作品を作るときはいつも堂々巡りですが、いろんな人が自分が思っていないことを言ってくれたり、解釈したりしてくれるのが嬉しいんです。感じ方は人それぞれ自由だからこそ面白いんだなと思います。

粘土との出会い

——— 粘土アートの個展や本も出版されています。きっかけは?

美大の時に、親の手前もあって履修した教職で粘土の授業がすごく楽しかったんですね。僕が粘土で作ったものを版画科の友達が見て、「お前、絵よりこっちの方が全然良いじゃん」って言ってくれたんです。そこで承認欲求を満たされたこともあって、粘土が好きになって。

——— 日常の道具に粘土を盛る、という作風はどこから生まれたんですか?

その頃、たまたま日光江戸村に行って水戸黄門の印籠のをお土産に買ったんです。その時に、印籠ってそもそもなんだろうと興味がわいたんです。そこから印籠を帯にぶら下げるための根付に興味が湧いて、パテで削り出して根付けを作ったりしたんですね。ついでに印籠にも粘土を盛って自分の顔を作って「この紋どころが……」とやってみたら妙に周りの人にウケて。その勢いで印籠を7個、根付けを10個くらい作ったりしました。ちょうどみんなが携帯電話を持ち始めた頃だったんで、じゃあって、根付けを携帯ストラップに、携帯に直接粘土を盛ったら作品を持ち歩けるな、と考えて作ったのがきっかけです。全部たまたまなんですけどね。

——— 持ち歩けるのがポイントなんですね。

彫刻って無視されがちだと思うんです。実は町や駅には彫刻が結構あるんですけど、存在しないものとしてみんな通り過ぎて行きますよね。ブロンズ像だと色がないから尚更。いけふくろうとか忠犬ハチ公は待ち合わせ場所になってたら人が集まるけど、スマホで連絡が取り合える今の時代、もうその役割も不要ですからね。日常の道具に粘土を盛ることで、見てもらうきっかけが増えるのがいいところです。ただ、最近はみんな自分のスマホしか見てないですから、昔ほど気づいてもらえなくなってしまいました。

多彩な価値観との出会い

——— 画家に憧れていた片桐さんですが、実際の活動は多岐にわたっています。

20代の頃は社会について、限られた人だけが登っていける縦構造になっているものだと思っていたんですよね。アーティストとして認められるためには、一本の道を登って行かなくてはいけないというイメージで凝り固まっていたんです。そんな風にすごく視野が狭くなっていたときに、お笑いや演劇、ドラマを通じていろんな価値観と出会って、ちょっと横にずれた時に、世界は本当は大きく横に広がっているんだということに気がついたんですね。

——— 役者としての仕事も増えていますね

NHKの『爆笑オンエアバトル』に出て全国ツアーとかしてた頃に、どうしたらもっと面白くなるんだろうって悩んでいた時がありました。でもバラエティー番組なんかに出ると一言も喋れなくて、下を向いて早く時間が過ぎてほしいと思っていたことがあったんです。そしたらそれを見た映画監督さんに、「あのもじもじした感じで」って言われたんですね。そんなの自分の中では一番見られたくない姿だったんですけどね。でも、そういう風に外からみたときの僕を、ユニークだと受け入れてもらえる世界があるんだと知ったときに、アートについても片桐仁としてやれるアートをやればいいんじゃないかと思えるようになって。抱えていたコンプレックスが少し解消されたんです。

——— コンプレックスというのは?

やっぱり純粋なアーティストに憧れてしまうところがあって、僕のアートは「芸能人が趣味でやっているアート」という枠でしかないんじゃないのかという葛藤があるんですね。でも別にお金のためだけにやってるわけではないし、僕自身はそれ以上でもそれ以下でもないのだから、アート以外の活動で僕のことを知ってくれる人がいるのは、ひとつのチャンスだと捉えられるようになりました。

太陽の塔の衝撃

——— 今日は、岡本太郎さんがお好きということで、〈岡本太郎記念館〉に来ています。

岡本太郎さんを好きになったのは、実はわりと大人になってからなんです。僕が美大に通っていたときの岡本太郎さんは、テレビで「芸術は爆発だ」と叫んでいる奇妙な人っていうイメージだったんですよね。だけど、実は著作もたくさん出されていて、「自分の中に毒を持て」「美の呪力」とか。あと縄文について書かれた論文を読む機会があって、文章を通じてとてもクレバーな人だという印象になって。それで、お笑いのツアーの合間に太陽の塔を見に行く機会があって、もうびっくりしちゃって。お花見の時期で、太陽の塔の周りでみんな花見しているですよ。いやいや、65メートルあるんですよあれ。花見てる場合じゃないでしょう? ってなって。

——— 地元の人は見慣れちゃってるんですね。

万博って世界各国が国の威信や技術の粋を展示していたわけじゃないですか? そんな中で太陽の塔だけなんだか意味がわからないんですよね。仏像でもないし、ビルでも橋でもない。それを国家事業として建てたというのがすごいですよね。高度経済成長のどさくさですよ。でも、それだけが今も残っているですよ、ある意味スーパーパワースポットですよね。

投稿者:imotas715

——— そこから岡本太郎さんに惹きつけられて。

そうですね。岡本太郎さんをきかっけに縄文土器にも興味を持って。〈東京都埋蔵文化財センター〉で縄文土器を作る体験をしたり、青森県や新潟県で縄文土器に触れたりしていたら、急に立体のほとばしりを感じたことがあって、自分のなかで太陽の塔とも繋がったんです。

——— 数年前から縄文ブームがじわじわと広がっていますよね。

そうなんです。この勢いで、東京オリンピックの聖火台を火焔型土器にって言ってるんですけど、完全に無視されてるんですよ。「あれ、新潟で出土してるだろ」って言われたんですけど、そこはね、近いんだし、許してもらって(笑)。実は縄文土器って、弥生から現代の5倍くらい、1万年ちょっとの期間がありますから、日本中どこでも出土するんですよ。だから全国各地に縄文館があって、それぞれの館長さんが実はみんな縄文土器作りの達人なんですよ。特に長岡にある〈馬高縄文館〉では、2メートルくらいの大きさの縄文土器を作っています。それだけの大きさになった途端に、現代アートになるんですよね。でも地元の人すら全然知らないという。花火にしか行かない。

おすすめの美術館

——— トリップアドバイザーには、オススメのスポットをまとめてリストや地図で一覧表示できる「旅リスト」の機能があります。片桐さんにもリストをひとつ作ってくださっています。

僕はアイデアの源泉になる、訪れやすい都内の美術館を5つ選びました。森美術館、国立新美術館、国立西洋美術館、根津美術館、岡本太郎記念館ですね。まあベタといえばベタなんですか、全部行ったことない人いくらでもいると思うんで。展示内容もさることながら建物そのものに注目するとより楽しめる美術館や、現代アートを身近に感じられる美術館をリストアップしています。
(各美術館に関するコメントは片桐仁さんの旅リストからご覧頂けます)

片桐 仁さんの旅リスト
「アイデアが湧き出る、都内の美術館」を見る >>

——— 旅リストに上げていただいた以外に、印象に残っている美術館はありますか。

徳島県にある〈大塚国際美術館〉は、もうド肝を抜かれましたね。国立新美術館ができるまでは国内最大だったらしいんですが、なんかもう秘密基地みたいなんですよ。国立公園の山の中をくりぬいて、もう信じられない空間。それで本物が一つもないというね(笑)。全部陶板なんですけど、世界中の西洋名画がすべて実物大で再現されているんですね。

——— 実物大なんですね。

システィーナ礼拝堂特がまるまる再現されていたりとか、ポンペイの遺跡だったりとかがまんま再現してあったりとか。見るのに1日かかりますよ。ナポレオン戦争で破壊されたエル・グレクコの祭壇画が原寸大で展示されてるんですけど、6枚の絵を飾っていた祭壇を再現するのに膨大な費用がかかったそうです。レプリカの絵を飾るのに、いったいオロナミンC何本分なんだって? 

投稿者:ケンケン

他には新神戸の駅の目の前にある〈竹中大工道具館〉も面白いですね。大工仕事に使われる道具ばかりが展示されているんです。根津美術館ほどではないですけど、いいお庭があって。展示も素晴らしくて、僕が訪ねたときは館内にめちゃくちゃ説明してくれるおじいさんがいて、大工道具の歴史から変遷から、面白い話いっぱいしてくれたんですよね。ほとんど忘れましたけど(笑)。

あと、岡山の山奥にある廃校を利用した〈猪風来美術館〉がすごいんですよ。猪風来っていう、縄文人の生活を北海道で命がけで実践していた方がやっている美術館なんですね。オリジナルの土偶や土器を作っているんです。その方が自分なりにたどり着いた縄文の秘密を教えてくれたんですけど、「縄文土器は勾玉だ」って言ってましたね。勾玉は脊椎動物の胚の形だそうです。エヴァンゲリオンで梶さんが持って来た使徒のちっちゃいやついたじゃないですか。あんな感じの、脊椎動物全体に同じような形の初期胚を、猪などを食べた時にお腹の中にあるものを見たんじゃないかと。それを命の始まりの形だと知った縄文人たちが、勾玉を作って、その勾玉の流れををつなげて模様にしたものが縄文土器だと言うんですよ。あれは空間勾玉だって。意味わかんないけど、超面白いおじさんですよ。

——— 美術館は片桐さんにとって、刺激を受ける場所のようですね。

そうですね。ただ最近は素直に「この絵好きだな」とか「本物だなあ」という気持ちで見ることが多くなりました。特に油絵は、やっぱり本物がいい。たとえば、この間フェルメールの「牛乳を注ぐ女」を見たとき、ミルクが動いているように感じたんです。絵に吸い込まれちゃって動けなくなっちゃった。でも、よく見ると実はパースが狂ってて、テーブルが5角形になっちゃってる。そのあたりに逆にフェルメールに人間っぽさを感じたり。

——— これから創作活動を続けていくうえで、目指していることはありますか。

やっぱり海外で個展を開催したいですね。僕の作品はどういうわけか外国の方にすごく反応がいいんです。作品を作るのはすごく個人的な行為なんですが、個展ができるほど作品が溜まった瞬間に、一つひとつがものすごいエネルギーを発してくれました。もともと僕が一人で作ったのに、作品を見てくれた人たちがいろんなことを感じてくれる。それがコラボするとか、新しいことに繋がったりして、そういうやりとりが全部面白いんですよね。美大に行ったけどアートから遠ざかってしまう人もいるなかで、僕は雑誌の連載など、人からの依頼でアートを続けられている。本当に幸運なことだと思っています。

片桐 仁(かたぎり じん)
@Jin_Katagiri
1973年埼玉県生まれ。芸人、俳優、彫刻家。多摩美術大学卒業。現在テレビやラジオ、舞台などで活躍。NHK Eテレ「シャキーン」、TBSラジオ「エレ片のコント太郎」にレギュラー出演中。彫刻家としての活動も精力的に行い、粘土作品の個展「ギリ展」を全国各地で開催、2019年には台湾でも実施した。
twitter: @JinKatagiri_now
Instagram: @jinmansan

撮影/中野 修也  取材・文/福田香波(euphoria FACTORY)

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