生誕260周年、オーストリアでモーツァルトゆかりの地を訪ねる!

オーストリアが生んだ天才音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。2016年は彼の生誕260周年のアニバーサリーイヤーということもあり、欧州各地に点在するゆかりの地はお祝いムードに包まれました。そこで今回は、故郷の家や宮殿といったモーツァルトと深い関わりのあるスポットをご紹介。神童と呼ばれた幼き頃から不遇の最期を迎えるまで、36年足らずの軌跡を辿ってみましょう。

モーツァルトの生家(ザルツブルク)

1756年1月27日、モーツァルトは現在のオーストリアの都市ザルツブルクにあるこの家に生まれました。モーツァルト一家が1773年まで実際に住んでいたアパートで、現在は記念博物館として一般に公開。モーツァルトが幼少期に使用していたバイオリンやピアノ、自筆の楽譜、家財道具といった、当時の貴重な資料が展示されています。

Moses Pさんの投稿写真

Suleyman Iさんの投稿写真

ザルツブルグの旧市街にある目抜き通り「ゲトライデガッセ」のほぼ中央にあり、黄色くて遠くからでも目立ち、常に入り口の前には人だかりが出来ていますね!モーツアルトが幼少のときに作った楽譜や、楽器、そして身の回り品が展示されていて、自分はそれ程「クラッシックファン」でもないのですが、モーツアルトの凄さを改めて感じさせられました! ぐっ爺さんの口コミ

賑やかな通りの一角に突然黄色の建物が目に飛び込んできました。広場の前の目に付きやすい場所にあります。2階~3階と記念館になっており、説明を聞きながら館内を見て歩きました。途中にはショップもありここで、モーツアルトのCDも購入しました。jshtyoさんの口コミ

ミラベル宮殿(ザルツブルク)

当時ザルツブルクは「神聖ローマ帝国」の時代にあり、大司教が支配する宗教都市として栄えました。宮殿の大広間では連日、華やかな音楽演奏会が開かれていたといいます。幼いモーツァルトは、バイオリニストの父レオポルトに音楽の才能を見出され、宮廷に使える演奏家としてここミラベル宮殿にも訪問。多くの権力者たちの目の前でその見事な腕前を披露することで、神童の存在は次第に世に知られていきました。

MagnandoBevendo sさんの投稿写真

Jenny vさんの投稿写真

ザルツブルクは見所が多すぎて困るほどですが旧市街の散策はまずこのミラベル宮殿からはじまります。綺麗なガーデンと決して大きくは在りませんが瀟洒は造りの宮殿はセンスの良さを感じます。とし君さんの口コミ
ここからのホーエンザルツブルク城の眺めは本当に見事ですね。17世紀初頭、ザルツブルク大司教が愛人(聖職者なので正妻はもてない)のために建設。宮殿ではモーツアルトが演奏したとのこと。池下三四郎さんの口コミ

ザルツブルクでもっとも大きな教会です。天井のドームは圧倒する迫力の大きさで、そこから光が差し込みます。神々しさを感じます。バロック様式の建物で迫力を感じます。eagle111さんの口コミ

シェーンブルン宮殿(ウィーン)

ユネスコ世界文化遺産に登録されているシェーンブルン宮殿は、およそ640年もの間オーストリアを支配した皇帝ハプスブルグ家の夏の離宮。神童として注目を浴びていた当時6歳のモーツァルトは、女帝マリア・テレジアの御前演奏のためここへ招待されました。この時、宮殿内で転んでしまったモーツァルトに駆け寄り、救いの手を差し伸べたテレジアの娘マリー・アントワネットに向かい「僕のお嫁さんにしてあげる」と告白したエピソードは有名です。

Rose Tさんの投稿写真

Jorge Tさんの投稿写真

広大なお庭と建物からハプスブルク家の栄光を感じることができます。テレジア・イエローはヴェルサイユのきんきらきんな感じと比べて落ち着いていて、かわいらしい印象です。幼いころのマリー・アントワネットとモーツァルトがここで出会ったというエピソードを思い起こしながら歩きました。trnmnさんの口コミ

マリアテレジアに代表されるハプスブルク家の豪華な暮らしを垣間見る事ができます。建物自体はベルサイユ宮殿の方が立派な感じですが、個々の部屋の装飾が際立って見事です。また、調度品も昔のものがそのまま残っており、とても貴重です(ベルサイユ宮殿の調度品はフランス革命の際に略奪に遭ってしまいました)。 鎌猫さんの口コミ

モーツァルトハウス(ウィーン)

ヨーロッパ各地を演奏旅行で渡り歩いたモーツァルトですが、1781年、ザルツブルク最期の大司教であったコロレドとの決別により、ウィーンに移り住みます。自由の身となった25歳の彼は、この家でオペラの傑作『フィガロの結婚』をはじめ、多くの曲作りや楽譜の出版に励みました。以前は「フィガロハウス」の名で親しまれていた建物ですが、生誕250周年を機に記念館としてオープン。大きな経済力と名声を手にした彼の全盛期を物語る、豊かな暮らしぶりが伺えます。

施設より提供

ライッコネンさんの投稿写真

あの偉大なモーツアルトが実際ここで生活をして、作曲活動を行なっていたかと思うと感無量でした。モーツアルト好きな、日本人の観光客も多く訪れているようで彼の偉大さが偲ばれました。ぐっ爺さんの口コミ

モーツアルトがここで暮らし、「フィガロの結婚」を書いたかと考えるだけで感無量です。わたしが長年訪れてみたかった場所です。展示内容はモーツアルトの生涯を丁寧に説明しており、万人向けの施設です。モーツアルトファンでなくても気軽に訪れて楽しむことができます。 mamekataruさんの口コミ

シュテファン大聖堂(ウィーン)

ウィーンの中心地でひと際目を引くゴシック様式の大聖堂。絢爛な礼拝堂や祭壇をはじめ、皇帝や大司教の墓碑、貴重な文化財などを擁する、オーストリアを代表する世界遺産です。12世紀、オーストリア公ルドルフ4世の命によって建築が始まり、高さ約137ⅿの南塔が完成するまで約65年を費やしたとか。1782年にモーツァルトと妻コンスタンツェの結婚式が行われた場所としても知られています。

tex78willerさんの投稿写真

Jy Hさんの投稿写真

ゴシック様式の外観と荘厳な大聖堂の内部とともに高さ137mの南塔の眺望がお薦めです。またエレベータで登る68mの北塔はモザイク模様の瓦屋根が見所です。南塔は343段の螺旋階段をひたすら登る必要がありますがウィーン市街を望む眺望は必見です。端ヶ池の住民さんの口コミ
ウィーンの観光大名所。屋根のモザイク柄も美しい。モーツァルトの歴史の中でもたびたび出てくるので、モーツァルトファンとしても方面必須。iidakoさんの口コミ

ウィーンに行くと必ず訪れます。重厚な教会内に入ると、再び訪れることが出来た感謝の気持ちでいっぱいになりますservus2004さんの口コミ

St.マルクス墓地(ウィーン)

晩年は不遇なものでした。人気と収入が減る一方、借金は増えるばかり。華やかだった日々は次第に陰りを見せ始め、元々浪費癖のあった彼の生活は遂に破綻。そして1791年12月5日、病床に伏したモーツァルトは、最後の作品『レクイエム』を書きながら35歳10カ月という若さで息を引き取ります。簡素な葬式がシュテファン大聖堂の外で行なわれた後、その遺体はウィーン郊外にあるこの共同墓地に、無慈悲に葬られました。現在は、弔いの記念碑が立っています。

tadJapanさんの投稿写真

Linka_ddさんの投稿写真

閑静な住宅地にある墓地で、モーツァルトの墓があります。1791年にモーツァルトは家族や友人に見送られる事なく寂しく埋葬されたそうです。ウイーンの中心地からは、”トラム”を利用して訪れました。チュンチュさんの口コミ

この共同墓地に初めていった。4月で花は周囲は咲いてきれいではあるが、モーツァルトの記念碑があり、それはとても物悲しい。。。だけれどもモーツァルトが好きなら、立ち寄る価値あり。tadJapanさんの口コミ

ブルク公園のモーツァルト像(ウィーン)

音楽の都ウィーンの象徴であり、モーツァルトが残した音楽への愛を現世に引き続ぐ名所です。かつて皇室専用だったブルク庭園ですが、現在は市民の憩いの場として親しまれています。緑豊かな園内に立つモーツァルトの像と、赤いベゴニアの花で描かれたト音記号はウィーン屈指の撮影スポット。台座の裏側には、幼い日のモーツァルトが父や姉のナンネルと共にアンサンブルを楽しむ幸せな光景が刻まれています。

Duriozさんの投稿写真

ADNA Cさんの投稿写真

ブルグ庭園、車道の通りにほど近い入り口からモーツアルトが出迎えてくれます。ト音記号の可愛らしいお花を眼前に佇んでいるモーツアルトはまさに音楽に愛された天賦の人。ここにモーツアルトがいたという歴史の重みを感じられる一瞬になりす。iidakoさんの口コミ

ウィーン観光でこのモーツァルト像は外すことができないでしょう。美しく気品に満ちたこの像は、1896年に彫刻家ティルグナーによって作製されました。花壇を彩る花のト音記号と共にウィーンの風景に溶け込んでいます。台座の裏側にはクラヴィアを弾く幼いモーツァルトとナンネルの愛らしい彫刻があります。お見逃しなく。深夜特急さんの口コミ

番外 エステート劇場(チェコ・プラハ)

オーストリアではありませんが、モーツァルトの音楽家人生を支えた重要な場所のひとつがチェコの首都プラハにも存在します。ここは彼が自身の作品を指揮した劇場の中で、唯一現存するもの。1787年、『ドン・ジョバンニ』世界初公演の際もこの場所でタクトを振り、大盛況に収めました。 売れっ子であるが故に気苦労も多かったモーツァルトを、プラハの人々はいつも温かく迎え入れ、深く敬愛したといいます。そんな由縁あるこの場所で本格オペラ鑑賞をしてみてはいかがでしょう。プラハへはウィーンから鉄道で4時間半ほどです。

Roman Kさんの投稿写真

施設より提供

旧市街広場から南東に延びるジェレスナー通りのカロリウムの横にありました。モーツァルトと縁の深い劇場。ザルツブルクで生まれ、ウィーンで若くして亡くなったモーツァルトですが、彼が2度目の滞在中に仕上げたオペラ「ドン・ジョバンニ」のエステート劇場初演でプラハ市民の喝采を浴びたと記されています。ふみさんさんの口コミ

フィガロの結婚を聞きましたが、観光客相手のオペラかと思っていたら、レベルが高く、アンサンブル、ソロ、アリアとも非常に楽しめました。小さいホールで音響が良く、きれいな音、和声に包み込まれるような体験ができました。モーツァルトが聞いたのは、この音なのだと思うと感激しました。MarkeTokyoさんの口コミ

音楽家としてヨーロッパ中を渡り歩いたモーツァルト。多くの文献にも記されているように、彼にとって旅することは人生を深める大事なライフワークでした。そんな偉人に思いを馳せ、この秋、本場の音楽を味わってみてはいかがでしょう。

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