背景がドラマティック!女性にまつわる世界遺産9選

「歴史の影に女あり」といわれるだけあって、世界遺産の中には、その歴史をひもとけば女性が登場するものが少なくありません。高い政治力で国政を牛耳った女性が築いた宮殿や、愛する女性のために建てられた建築など、女性あっての建造物を紹介します。

ブレナム宮殿(イギリス)

イギリスの英雄チャーチルがルイ14世のフランス軍を撃破したことを喜んだアン王女が、彼に下賜するために建設した宮殿です。成田空港の約4倍という広大な敷地に、200余の部屋を擁します。けれども王女と、チャーチルの妻サラとの確執が原因で、チャーチルは宮殿の完成前に国外退去。彼は王女の死の翌日に帰国しますが、結局宮殿の完成を見ることなく没したといわれます。

施設より提供

alisdair tさんの投稿写真

Winston Churchillの生家で広大なお庭は人口ではなく、すべて自然のものだそうです。食器のコレクション、図書館の素晴らしさ、どれを取っても個人宅でこれだけの規模は素晴らしいと思います。ChiccaNoceさんの口コミ

美しく整備された広い庭といい、壮麗な建物のいい、かつての英国貴族の豊かさや生活がイメージできる絶好の場所です。
出来ればピクニックがてらに、庭も含めて一日楽しみたい施設です。小さな子ずれの方には、敷地内を走るミニSLがおすすめです。ここで生まれたウインストン・チャーチルの名が機関車に命名されいるのが、ご愛嬌です。ApprenticeGardenerさんの口コミ

ベギン会修道院(ベルギー)

中世、俗世と接しつつ祈りの世界に身をおいた、「ベギン」と呼ばれた女性たち。その共同体であるベギン会の13の建物が世界遺産に登録されています。どの敷地も塀で囲まれ、まるで小さな町のよう。彼女たちは日中は町の外で奉仕活動を行い、夜は再び町に戻り、祈りの時間を過ごしたといわれています。敬虔な女性たちの暮らした建物は、1928年に最後のベギンが没してからは、修道院などに利用されています。

marc2163さんの投稿写真

Eric Hさんの投稿写真

フランドル伯夫人によって、13世紀に設立されたブルージュペギン会をルーツに持つ、女子修道院。その当時は、封建社会で疎外された独身女性や夫を亡くした女性たちの生活と権利を守るのが主目的でした。今も静かな環境の下で生活している女性たちがいます。Niziiroさんの口コミ

とても静かで緑、木立、建物。本当に素敵。ちょっと高原の林の中のミニホテルみたいなイメージ。本当にそこに生活しているのが不思議なくらいに素敵な場所でした。本当に癒されます。shiraitoさんの口コミ

ヴェズレーのサント・マドレーヌ聖堂(フランス)

イエスの妻だったとの説もあるマグダラのマリア(フランス語名はマドレーヌ)の聖遺体が眠るといわれる聖堂です。イエスに恋し、「改心した娼婦」と呼ばれたマリアは人々から篤く信仰され、12~13世紀には巡礼者があふれたといいます。ところがその後、聖遺体が別の場所から発見され、衰退することに。けれども聖女の名前を冠し、ロマネスク建築の傑作といわれる聖堂は、いまなお巡礼の聖地となっています。

Danypavuさんの投稿写真

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サント・マドレーヌ聖堂はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路のスタート点の一つであり、またかつて十字軍はここに勢揃いして東に向かったとか。丘の上にある小さな村で、周辺は見わたす限り麦畑。風情のいいところです。Chuzaaさんの口コミ

教会は外観も内部のロマネスク彫刻も、歴史的にも芸術的にもすばらしいものだと思います。教会の裏側は丘の上の広場になっていて、そこからブルゴーニュの大平原を見渡すことができ、そこもお勧めです。wayfarer1987さんの口コミ

シュノンソー城(フランス)

古城巡りが楽しめる場所として有名なロワール渓谷に建つ城です。フィレンツェのメディチ家出身のカトリーヌは、フランスのアンリ2世に嫁ぎながら、王妃としては不遇でした。アンリ2世が20も歳上の愛人に与えたシュノンソー城に入り浸っていたからです。そんな彼女の不満は、王の死後に爆発。愛人を城から追い出し、館と庭を増築することで見事復讐を果たしたのでした。

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お城は優美に美しいです。川面に映える城郭本体もさることながら、そこに至る並木道や、菜園、ロバの放牧場や、敷地内に残る家屋が藤などの蔓植物で覆われている様など、風光明媚。Rocky_croakさんの口コミ

ロワールの古城巡りのラストはこちらのシュノンソー。ダントツの一位です。駐車場から並木道を通ってお城に向かいます。ちょうど紅葉の時期だったので、並木道の先に現れたシュノンソーがとても幻想的に見えました。まるで映画の中にいるような気分になりました。YUQUIOさんの口コミ

ドロットニングホルム宮殿(スウェーデン)

1660年に夫のカール10世を亡くしたスウェーデン王妃エレオノーラは、翌年、入手したばかりの宮殿が焼失するという悲劇に見舞われました。そんなエレオノーラの耳に入ったのが、着工が始まったヴェルサイユ宮殿の噂。失意にもめげず、エレオノーラは大宮殿の建設に取り掛かり、壮大な宮殿を完成させました。「北欧のヴェルサイユ」と呼ばれ、自然環境に恵まれた王宮は、現在も王室の住居になっています。

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Geoff Gさんの投稿写真

増築、改築され愛されてきた宮殿だそうで、石膏像、肖像画、絵画、壁画、天井画がいっぱいです。たまに窓が開いているのが、美術館と違うところだな、と思いました。庭は広大で、生垣と芝生で迷路のようでした。コスモス2015さんの口コミ

ストックホルム中心部からは船で行くことをおすすめします。行く途中でだんだん宮殿が見えてくる景色は素晴らしかったです。庭園もきれいに整理されていて落ち着いて過ごせました。MizzzMさんの口コミ

シェーンブルン宮殿(オーストリア)

父の急死により、ハプスブルク家を継いだマリア・テレジア。彼女にとって、父との思い出が詰まった大切な場所だったのが、シェーンブルンの離宮でした。いつまでもそこで暮らしたい――。そう願った彼女が離宮を改築し、住まいとして完成させたのが壮大なシェーンブルン宮殿です。全1441室という途方もない規模の宮殿は、「マリア・テレジア・イエロー」と呼ばれる黄色い外観が印象的です。

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シェーンブルン駅から徒歩すぐです。朝早くから門があいているので、開館前に敷地内をお散歩できます。宮殿の中は、素晴らしい部屋ばかり。ぜひガイドツアーでの参加をお勧めします。Aaarinpuniさんの口コミ

広大なお庭と建物からハプスブルク家の栄光を感じることができます。テレジア・イエローはヴェルサイユのきんきらきんな感じと比べて落ち着いていて、かわいらしい印象です。幼いころのマリー・アントワネットとモーツァルトがここで出会ったというエピソードを思い起こしながら歩きました。trnmnさんの口コミ

エルミタージュ美術館(ロシア)

恋大き女帝といわれたロマノフ朝のエカチェリーナ。彼女は当時の宮殿だった「冬宮」に小さな離れを作りました。それが「隠者の庵」を意味するエルミタージュです。現在は小エルミタージュと呼ばれるこの建物は、エカチェリーナが愛人たちとの逢瀬を楽しむ“甘美な隠れ家”でした。現在のエルミタージュ美術館は、女帝が愛を育んだこの建物から始まりました。

verruga23さんの投稿写真

yipjcs88さんの投稿写真

世界三大美術館の一角をなす、ヨーロッパ屈指の美術館。堂々たる外観もさることながら、見事な内装の宮殿ホールが連なる館内は、単なる美術館を超えた存在です。冬宮、小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュの4つの建物からなりますが、互いに廊下でつながっており、まるで一つの建物であるかのように感じられます。こーじー京都さんの口コミ

300万点もの美術品の素晴らしさは勿論ですが、建物の美しさに圧倒されます。黄金の輝き、部屋ごとの色、デザインの美しさ、シャンデリアや床、壁、カーテン…すべてが必見です。754yukiyさんの口コミ

タージ・マハル(インド)

ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンと、愛妻ムムターズ・マハルは、現在でいう“おしどり夫婦”でした。帝国の版図拡大を進める皇帝に、常に寄り添う妃。けれども遠征先で病魔に倒れた妃は、36歳の若さで死去。悲嘆に暮れる皇帝の髪は、一夜にして真っ白になったといわれます。白大理石に貴石が散りばめられた白亜の霊廟は、妃に対する皇帝の、永遠の愛の証です。そして死後も二人は、廟の中で寄り添って眠っています。

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Traveljustfunさんの投稿写真

子供のころから憧れていた事もあって、実際に自分の目で見た時の感動は計り知れないものでした。入口から入って、どんどん廟に近づいていく時の高揚感はたまりません。暗くてよく見えないのですが、お墓がある内部の装飾も大変見事でした。uziiiiiiさんの口コミ

テレビやガイドブックや教科書でしか見たことがなかったタージマハル。実際に見た時は心と体が震えました。亡き妻のためにこんな美しい霊廟を建てたというストーリーにも感動。有名なものを実際に見た時の感動はいつまでも記憶に残ります。ひつじのしつじさんの口コミ

姫路城(日本)

徳川2代将軍秀忠の子に生まれ、7歳で豊臣秀頼に嫁いだ千姫。豊臣家滅亡の際に大阪城から救出されましたが、夫を失います。その後、徳川側の本多家に嫁いで姫路城に入城し、2人の子どもをもうけましたが、長男と夫、夫の母、さらに自分の母を相次いで失うことに。運命に翻弄され、尼として生涯を終えた千姫ですが、彼女が生涯で幸せを感じたのが、姫路城での暮らしだったといわれています。

こばじょんさんの投稿写真

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姫路駅の改札を出た途端に目に入ってくる壮麗な城郭。近づくほどに美しさに見とれる。城郭もキレイだけど、石垣も色鮮やかでキレイでした。平成の大改修により再び白く美しくなった白鷺城。でも、漆喰は5年程で黒くカビてくるそうなので、観に行くのならお早めに!noboru yさんの口コミ

この美しい木造建築が戦争の空襲を逃れたことが先ず奇跡です。城下町は2度襲われましたが姫路城は黒く塗りつぶして難を逃れたとのこと。時代時代の英知と歴史を直に感じます。坂道や天守閣の階段も急ですが、それこそ要塞。だからこそ味があるところです。天守閣最上階まで行くと城下町の絶景と、心地良い風に旅気分を満喫させてくれます。abisawaさんの口コミ

人類の至宝だけに、世界遺産に登録された建物は建築として優れているものばかり。けれども、その建物がもつ歴史も重要です。たまには、このようにテーマを絞って世界遺産に注目するのも楽しいかもしれません。

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